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ぶらりと見たもの

  • 201107野崎氏陶展5
    ぶらりと出会ったもの。実は写真をとるのは苦手です。
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音楽

2012年5月12日 (土)

ぶらりと”Odawara Jazz Net"

この度、長い間放置していた”Odawara Jazz Net" を閉鎖致しました。来年でラストのジャズ祭から10年がたつんですね。ふ~んと感慨深いものです。でも、あの時のみなさんの気持ちはふわりふわりと今もみなさんの心の中で、間で、湧き上がったり消えたりしてるんでしょうね。それはそれで過去もまた未来かもしれませんね。ちなみに私のブログでは左に”Odawara Jazz 祭の記憶”として窓を作っておきます。niftyがあるかぎり残されると思います。

な~つがく~れば思い出す~。ビール美味かったなぁ。

Odawara Jazz 祭の記憶

2011年9月25日 (日)

ぶらりと”コーララッパ”

大道芸人のビデオなのであろうか。そんなことはどうでもいい。この動画を見ていてモノとの関わりって自由であっていいのだと思った。我々は決められた枠の中で、決められた手段を探して、実践している。確かにそうだ。でもそれは、ものの見方、自分のありようを勝手に決め付けてるのだろう。この動画のミュージシャンは生活にさらに溶け込んでいるように見える。溶け込んでいる・・社会との関わり方も自由でいい。それは、自分という境界にゆらぎがどれだけあるかということなのか。ゆらぎというか、自分の境界なんて毎日、壊れ、最生成されると考えたほうが毎日がすばらしく見えるのではないだろうか。真黒な闇の中に放置されると人は自分の境界がわからなくなり、気が狂うと聞いたことがある。自分という境界はそんなもんである。止っていると存在しない。自分というものは結果ではなくプロセスなのである。プロセスから音は生まれる。
http://www.youtube.com/watch?v=runopLiMPY8&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=nFPEi7PdKdk&feature=feedf

2011年5月 2日 (月)

ぶらりと"Mingus"

ながれてくる音・音楽ってなんだろう。Jazz,Rock・・分類されているCD屋。生まれてきた世界はすでに分類されていた。だから、勉強なんてものを自然にすることができた。勉強したから人と話せる。話せば知識がどんどん増える。人生は充実。もっといろんな音楽を聴いてみよう。それなら、図書館の中で暮らせばいい。・・・最近、CD屋に行ってもそう楽しくはなくなってきた。図書館にいるように視聴しているだけだからかもしれない。分類されていることがしっくりこない。Mingusを聞いてて感じた。聴くということは自分の体を晒すということではないのかと・・奏でるところに行き、晒す。意識をどれだけ裸にできるか・・分類されている服・職業や環境を脱ぎ捨て、分類されようもない自分までいきつき、つまりは自分をなくし、楽器になることなのかもしれない。ミンガスの楽器になってみたかったなぁ。どっかにいるかな?・・そのうち会えるような気がする。

Charles Mingus Album: Let My Children Hear Music
Mingus
Hobo Ho:http://bit.ly/laAJKu
Adagio ma Non Troppo:http://bit.ly/d0xjDQ
Don't Be Afraid the Clown's Afraid Too:http://bit.ly/bubeyS

2011年3月28日 (月)

ぶらりと”ウオンさん”

音楽の好き、嫌いは何を意味するんだろう。・・その音楽を好きといってる人に何を感じるかだけではないだろうか。いつのまにか、我々は人を介して音楽を聴いてしまっているのではないだろうか。たぶん、音楽を奏でている演奏者と空間全体から生に放たれるものに対しての感受性が原点であると思う。と言いながら、最近ライブに行ってない。これまた、残念な限りだけど・・最近、ネットでウォン ウィンツァン(ウオンさん)という世界的癒し系ピアニストを知った。癒し系?・・・最初、ちょっと引いた。彼は、震災後から毎日のようにUstでピアノを弾いている。祈りをこめた癒し系音色といってしまえばそれまでだが、不思議なことにこれを聴きながら仕事をすると自分の意識の中庸に近づいていく。仕事が何だか落ち着いてはかどる。やる気とか使命感ではなく、素直に初心のスタートラインにつかせてくれる。それで、思ったのは人を癒すなんてたぶん非常に難しいことなんだろうなと。それではなくて、人は自分を癒す力をもっているんではないかと・・音楽はその力を膨らませるだけではないかと思った。Ustといえどもそこから生音が聴こえる。邪魔をされるでなく、なんとなく自分のリズムに干渉する。それが音の陰陽の一面かもしれない。
http://www.ustream.tv/user/SATOWA

2011年2月26日 (土)

ぶらりとRADWIMPS MV

子供の学校ではやっているということでDADAを聞いてみた。感動した。そう、感情が動くといういみでは感動なんだろう。脳という小さい海で子供たちは溺死しそうなんでしょうか。「脳と心は別ものだよ」と言ってあげたい。言葉が暴力という考えがある。言葉を言葉で対抗しても、ナイフで切りあうのと同じと思う。その暴力に対抗する心をもつことが大切に思う。その心は一人では決してできない。心は脳に住んではいないと思う。そんな小さいものであるはずがない。
 子供たちは親よりずっとエッジのきいた学校に毎日通っている。小さいと思い込んでる無意識層の爆発が意識層へのドアを蹴り飛ばし、言葉がこっぱみじんに散っているのかもしれない。「生きていることは遠回り」・・それはそうなんだが。
http://www.youtube.com/watch?v=Yy6XeGCNkSM

2010年12月27日 (月)

なつかしの小田原ジャズ祭

ご存じの方はご存じの小田原ジャズ祭りは8年前まで小田原で開催されてました。そのアーカイブスがありますので、興味のある方は見てください。みんな若!
http://homepage3.nifty.com/OdawaraJazz/OdawaraJazzFestival.html

ちなみに昔からのHPは今はこんなふ~になってしまいました。。
http://homepage3.nifty.com/OdawaraJazz/

ブログを始めました。

Odawara Jazz NetのHPがあまりに無残になってきたのでブログとして復活させようと思いました。元委員会メンバーで、今は演劇集団”らせん”メンバーのNutが始めます。。。

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