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ぶらりと見たもの

  • 201107野崎氏陶展5
    ぶらりと出会ったもの。実は写真をとるのは苦手です。
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2012年1月

2012年1月16日 (月)

ぶらりと”初稽古”

 今年、第一回の「らせん」の初稽古がいつもとかわらなく行われた。別に「らせん」はたつまきでもないわけで新たな気持ちなんてものはない。ただ、ひとつ違ったのは、みんな台詞を頭に入れてくるという約束があった。いつも、思うが台詞が頭に入りだしてくると違ってくる。台本をもつ手が空くからである。これが全てを変える。動き、視野が開放される。何を見ても自由。感覚が放り出される。コミュニケーションの連鎖が自己産出系が発生する。全くの複雑性の世界。練習では一言が思いのよらないシーンをつくりだしていく場合がある(いってみればバタフライ効果)。非線形の世界である。本には書ききれない世界の生成と消失を繰り返す。ある意味、全く当たり前であるが。でも、今回の芝居は情報(テーマ)の伝達以外の面が大きいと思う。我々にとっては初めての試みだと思う。今年の稽古は苦しく、楽しく、長い。偶有性(全くでたらめでもなく、可能性がないわけでもない)との戦いである。
 そういった表現(言葉・演技)の連鎖や自己産出系(生成・消失)をある意味、活性化するためにtwitterも使えるのではないかと思ったわけです。何もしなければ何も起こらない。何かをしても何かが起こるわけでもない。でも、偶有性は楽しみたいものです。

2012年1月 4日 (水)

ぶらりと”twitter"

2012年の幕があがりました。ひょんなことから「年」の語源を調べると穀物や稲という意味もあり「稲」や「稲が実る」ことを「とし」といったようです。誰が最初につけたかしりませんが2012回自然はまわり実りを繰り返しているわけです。自然発生的に作物を育て、繰り返してきた。なんだかいいですね。そういや、演劇というものを考えてみても表現という「実り」を繰り返し育てていくということかもしれませんね。演劇にこだわらずとも人は何らかの表現を自己生成的に発生してます。生成させたり消失したりしていくなかで自己生成する表現の連鎖が作品という形をたまに結ぶのかもしれません。まさに、「らせん」なんだなぁと思いました。そんな理由からすこし唐突ですが、twitterのアカウントを作ってみました(左に出るようにしました。なんかうまく出てませんが(笑)。別に、ネットを作ればどうということは考えてません。いろんな表現の連鎖に触媒的なやくわりは起こるかもしれません。なんて期待しています。らせんのメンバー以外のフォローも起こってきたりすると楽しいなぁと思っています。
twitterアカウント
https://twitter.com/#!/Nut_RASEN

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