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ぶらりと見たもの

  • 201107野崎氏陶展5
    ぶらりと出会ったもの。実は写真をとるのは苦手です。
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2011年2月

2011年2月26日 (土)

ぶらりとRADWIMPS MV

子供の学校ではやっているということでDADAを聞いてみた。感動した。そう、感情が動くといういみでは感動なんだろう。脳という小さい海で子供たちは溺死しそうなんでしょうか。「脳と心は別ものだよ」と言ってあげたい。言葉が暴力という考えがある。言葉を言葉で対抗しても、ナイフで切りあうのと同じと思う。その暴力に対抗する心をもつことが大切に思う。その心は一人では決してできない。心は脳に住んではいないと思う。そんな小さいものであるはずがない。
 子供たちは親よりずっとエッジのきいた学校に毎日通っている。小さいと思い込んでる無意識層の爆発が意識層へのドアを蹴り飛ばし、言葉がこっぱみじんに散っているのかもしれない。「生きていることは遠回り」・・それはそうなんだが。
http://www.youtube.com/watch?v=Yy6XeGCNkSM

2011年2月25日 (金)

ぶらり羊雲

春がちかくなって空を見上げる
夜でも羊雲
綿菓子は春?
そう
僕はそれがぽっかり。
あとは風が流れる。
でも
風は無
それだけ・・
それしか・・
だから、せめてJUMP

2011年2月14日 (月)

ぶらりとワークショップ

ぶらり、ネットでUstreamで劇団パパ・タラフマラのワークショップにぶつかって驚きました。指導は演出家の小池さんです。そのなかで、演技者にとっての時・空間をつかむ練習というのが紹介されています。それは、何のための演技の前に自分自身の身体を活用して時間・空間を見つめなおすことが必要という理由でした。やり方はすごく簡単。演技というより動作を自分の可能な限り遅くしてみるということでした。面白いと思いました。演技結果より、その前の原因・プロセスの部分を返りみてみるという発想かなと。台詞と同じように身体の動きが重要なのは当たり前ですが、さらにその前、身体自身が時間・空間と最適な関わりを持っている必要があるということかなぁと思いました。可能な限り時間を延ばすと、いろんな感覚が広がったり、敏感になったりして、様々な発見をするだろうということでした。少々、長いワークショップですが、しばらくはライブラリーが残っていると思います。ご興味のある方はぜひ。
http://www.ustream.tv/channel/papataraporte-20110213?lang=ja_JP

2011年2月11日 (金)

ぶらりと「風の旅人」

ぶらりと立ち読みすると実に大変な雑誌でした。言葉というものはなんのためにあるのでしょう。私たちの目はなんのためについているんでしょう。私たちがいる世界は何なんでしょう。そんな問いかけが自分の胸を突き刺します。そんな雑誌です。宗教とか民族とか哲学とかそういった視点ではなく、本来、自分と共存してなくてはいけない意識や思考。それは、知らずに避けきっているかもしれません。無意識に逃げるのは日夜、我々は勝手に自然にやってます。でも、無意識にぶつかることはやってない。そんなことはできるか?・・そうなんでしょうか。それも思いすごしかもしれません。うまく内容を伝えられませんが、読みごたえというより感じごたえのある雑誌です。
http://www.kazetabi.com/

2011年2月 3日 (木)

ぶらりと「チェーホフ?!」

「チェーホフ?!」を見に行った。自分自身、チェーホフをほとんど知らない。篠井さんや毬谷さんが出てるし期待もする。・・感動するはずだった。幻想・妄想のヴィジュアル化なのであろうか?今でも印象に残ってるシーンがフラッシュバックするし、あの世界観(絵画感?)がぽっかり浮きのように頭のなかに存在している。でも、鳥肌が立たなかった・・頭が空っぽにならなかった。・・びくっと体も動かなかった。むしろ、自分の脳みそがスクリーンになって投影されているような感じ。これも幻想か?いや、妄想もできない石頭になってしまっている?・・・不思議に、パパ・タラフマラの劇が無性に見たくなってくる。
http://www.geigeki.jp/saiji/025/index.html

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